苺五行説

 週刊少年ジャンプ連載中の「いちご100%」(河下水樹)には、姓に東西南北を冠した4人の少女が主人公の「真中淳平」少年のまわりに現れます(最近「外」も現れましたが)。
 4人の名に4つの方位がつけられているのは、「真中=中央」の少年から等距離かつ反対側に位置する(注:当初は東西の2人だった)ことをイメージしたもので、それ以上の他意はないのでしょう。
 しかし、東洋には五行思想とか四神信仰とか、方位に固有のイメージを結びつける考え方があります。今回は敢えて無謀を承知で、4人の少女に対応する四神(各方位を守護する聖獣)から、作品では描かれていない彼女たちの内面について、鋭く考察してみたいと思います。

 

東:東城綾=青龍

 東城綾は初期Wヒロインの一人で、同級生の眼鏡ッ娘です。彼女をはじめに持ってきたのはそうした配慮ではなく、中国では方角を「東南西北」で呼ぶためです。四方は四季にも対応しているので、順序をおろそかにできません。
 東城は当初、三つ編みに眼鏡で「あまり外見的に可愛くない」という位置づけで登場しました。もちろん、眼鏡をはずすと美少女というお約束の許せない設定です。
 彼女は小説を書くのが好きで、映画監督を目指している真中は東城の小説を読んでファンになります。真中は自分のイメージしている情景を映画のカットとして、カメラアングルを交えて説明できるという特技があり、東城の小説の中のシーンを熱っぽく語ることで2人はうちとけます。引っ込み思案で友達も少なく、恋なんて臆病でできなかった東城にとって、真中は「気になる人」になっていきます。それでも、真中に「恋人」がいたことなどからそれ以上の関係に踏み出せない。「奥手」という言葉が最も適切でしょう。
 物語構造上、彼女には趣味の一致=夢の共有というアドバンテージが与えられているといえます。「夢に向かって一緒に歩いていける女の子」というのが真中の親友・大草の評です。
 さて。東=青龍のイメージするのは、ずばり「若さ」です。季節でいうと、一日でいうと。五行では水徳、風水では川などの流水が象徴します。共通するイメージは「清純」であり、「可能性」です。これは呆気ないほどに東城のイメージに合致します。
 恋の経験が少なく、人を疑うことを知らない純真さ。真中と共有する「夢」=可能性の象徴としての東城は、まさしく「東」にふさわしいといってよいでしょう。

 

南:南戸唯=朱雀

 南戸唯は5年前まで真中と同じマンションの隣に住んでいた1つ下の幼馴染で妹のような存在です。受験のために戻ってきて、真中の部屋に寝泊りしていたことがありますが、寝ている間に服を脱いでしまうという危険な癖の持ち主です。年頃の男女をひとつの部屋で寝泊りさせるというのはどうなのか。
 性格は1つしか下ではないと思えないほどに子供っぽく、甘えん坊。背が低いこともあいまって、位置づけ的には「炉担当」であることは間違いなしです。それでも幼馴染だけあって、真中が実際以上に大人ぶると牽制したりします。
 幼馴染という気安さからか、他の女の子との間では考えられないような過激なスキンシップも少なくありませんが、少なくとも真中の側は唯を「女」としては見ていないようです。唯側も特段の好意を寄せているとは言い切れませんが、少しだけ思わせぶりなそぶりは見せますが。
 さて。南=朱雀は万物の勢いが最も盛んな様をイメージしています。季節でいうと、色は、一日でいえば。五行では火徳で風水では湿地や池、海などを表します。激しい「生」のエネルギーです。照りつける太陽は心身ともに充実した壮年期を象徴します。
 唯の陽性で無邪気な元気のよさは、確かに太陽と合致するところがありますが、「充実した壮年期」のイメージとは相容れません。高校に進学して、彼女も成長するのでしょうか。

 

西:西野つかさ=白虎

 西野つかさは真中の中学の同級生で、別の高校に進学しました。中3のころ(作品開始当初)、ほとんど面識のない状態で学園のヒロインだった西野に真中から告白して交際していました。どうやら真中が本当に惚れていたのは東城だったようなのですが、うやむやのうちに付き合って、うやむやのうちに別れたようです。
 多くの男から言い寄られる西野は、真中にとって「高嶺の花」。のはずなのに、なぜかそんな西野と付き合っている(いた)という意味不明に奇跡的な状態jにおかれていました。西野の側も真中の頼りないところとかを見て、無視できなくなっていったみたいです。西野は初登場のときに「髪を切った」という描写があり、直後の真中の告白を受けていることを考え合わせると、その前に何かがあったと見てもいいかもしれません。としても、2年近くも真中に一定以上の好意を寄せているのはふしぎな話ですが。
 性格はややキツイものの、情は厚い。これまで多くの男に言い寄られていたためか、付き合ってるはずなのに自分にあまり執着しない真中に動揺している風も見えます。自分の誕生日に、長い間音信不通の「彼氏」真中からの電話を待っていたりと、「愛されたい」という衝動も強いようです。なお、大草は「ずっとひたむきに自分を応援してくれそうな女の子」と評していますが、あまり納得できません。
 さて。西=白虎が表象するのは実りの。一日で言えば夕方、人生でいえば熟年期に当たります。五行では金徳。「成熟」はまさしく東の未熟に対置されるイメージです。西野の女性としての「完成された」魅力は白虎的だといえるかもしれません。また、風水で白虎に相当するのは「道」で、これは人が多く行きかう様、商業の繁栄などにつながりますが、多くの人に愛される西野を暗示しているようでもあります。
 こうしてみると、少なくとも初期のWヒロイン「東西」については、東洋学的なイメージを下敷きにして書き分けているといえなくもないでしょう。

 

北:北大路さつき=玄武

 北大路さつきは真中の高校の同級生。ポニーテールの活発系美少女で、行動は前向き、積極的。当初は真中に反感を抱いていたものの、主に勘違いから急速に真中を意識。主に色気を使って積極的に真中にアプローチをかけてきます。
 性格的には男のようにサバサバとしていて、真中にとっても友人としては付き合いやすい相手のようです。一方で、好きになったらトコトンのため、結構尽くすタイプ。真中のために映像研究部に入ったり、バレンタインにはチョコレートを手作りしたり(失敗)します。「一緒にいて一番自然に楽しく話せる女の子」というのが大草評です。
 さて。北=玄武は黒い亀の尻尾が蛇になっている奇怪なデザインの幻獣で、季節は、一日でいえば、人生でいえばを司ります。五行では木徳、風水では山や丘陵が玄武をあらわすとされます。
 この玄武のイメージは、さつきの性格・特徴とはあまりにも結びつかないように思われます。活発さでいえば唯や西野よりも上をいくであろうさつきが、死を象徴するとは考えにくいでしょう。
 ただ、冬は単純な死ではなく、次の春、新たな生への胎動を内包します。新たな生=性と捉え、死や冥府の幽玄なイメージを幻惑的な性的魅力とすれば、セクシャルなアプローチを果敢に仕掛けるさつきに重ならないといえなくもないかもしれない気がするでしょう(かなり苦しい)。
 しかし、「女」を前面に押し出したセクシャルなアプローチと、「女」を感じさせない「自然に話せる」という特性との間の矛盾・背反はうまく説明できません。

 

中:真中淳平=黄龍または麒麟

 真中淳平は本編の主人公で、なぜか女の子にモテモテです。映画監督(兼カメラマン?)になるのが夢で、常に効果的な映像効果、カメラアングルを考えているような男です。
 中央は四神とは別に、格上の聖獣として黄龍または麒麟があてられます。いずれも天命が革まるときに現れるとされる瑞兆です。カラーは黄色でこれは中国では伝統的に「天子=皇帝の色」とされてきました。五行では土徳、季節は土用、風水では家または都に当たるという特殊な位置づけです。
 これらは真中の個人の特性というよりは、真中の物語的な位置づけ、つまり4人のヒロインの中心に等距離に存在する、というイメージで捉えた方がよいでしょう。この意味に限定したとき、真中は確かに「皇帝」であるといえます。

 

外:外村美鈴=化外?

 最近登場したニューヒロイン候補がこの外村美鈴です。彼女は多くの意味で特殊な位置づけです。まず、これまでの「東西南北」から外れて「外」という名を負ったこと。それも、外村という兄が先に登場しており、妹という形で現れたことも無視できません。
 逆に言えば、妹だったから名字に凝れなかったのかもしれませんが。
 彼女の特性はまだはっきりしていない部分も多いのですが、少なくとも映画の鑑賞顔に優れ、批判的な精神の持ち主です。真中の「才能」を極めて低く評価し、一方で東城を高く評価します。美鈴の存在によって、東城と真中の相対的位置関係が大きく変わることこそ、重大なのかもしれません。
 すなわち、これまでにも見てきたように、東城は真中にとって「夢に向かって一緒に歩いていける」という位置づけだったのですが、純粋に「夢」だけを抽出したとき、創作の分野という共通項こそ持つけれども所詮はジャンルの違う小説を書いている東城と、おそらくは真中と同じく映画に対して強い関心を持つ美鈴を比較してきたとき、より「夢が同じ」あるいは「趣味が近い」と感じられるのは、美鈴になってしまいます。
 これによって、東城が他のヒロインに対して持っていたイニシアチブが失われ、夢に対して真摯な態度を取る美鈴との対比において、東城と真中の関係はただの馴れ合いへと転落することになります。このとき、東城の体現する価値は、「一緒にいて楽しい」あるいは「自分を応援してくれる」という、かつての西野やさつきの持っていた意味に限りなく近くなっていくものと思われます。
 少し筆が走りすぎました。美鈴の話に戻しましょう。
 「外」はもちろん、四神どころか五行説の範囲に当てはまりません。中国の伝統的価値観に即して言えば、「外」は文明の及んでいない地域、すなわち化外であり、野蛮で未開なイメージで捉えられます。
 しかし逆に、中国史を見返すと、こうした外の力によってこそ、歴史が動かされてきたのも事実です。中国の統一帝国のうち、秦・隋・唐・元・清はいずれも塞外民族出自の王朝であり、漢帝国が所詮は秦の版図を継承したに過ぎないと考えれば、中華を統一する力は「外」にしかなかったといえます。
 こうした、状況を大きく変化させる力、起爆剤としての役割こそが外村美鈴にも求められているのではないでしょうか。彼女の破壊力は、さつきを否定することなどで既存秩序に痛打を与えつつあります。また、作品世界の人間関係の扇の要ともいうべき真中を批判することで、世界のパラダイムが転換されるきっかけとなるのかもしれません。

 

五行循環

 中国の五行説には「五行相生」と「五行相克」の考え方があり、互いの相性が示されています。
 五行相生とは、何が何から生まれるか、という考え方で、「木→火→土→金→水」として知られています。すなわち、「木を燃やすと火を生じ」、「火が消えると土(灰)を生じ」、「土が変成されて金属を生じ」、「土中の金属から水が生まれ(そう考えられていた)」、「水分をもとに樹木が生い茂る」というものです。
 一方、五行相克は、何が何に勝つかという考え方で、「金>木>土>水>火」となります。すなわち、「鉄斧は樹木を切り倒し」、「樹木は大地に根を張り、押さえつけ」、「土塁は洪水をせき止め」、「水は炎を消し」、「業火は金属を溶かす」というものです。
 この考え方を4ヒロイン+真中に当てはめると、次のようになります。

相生:北大路→南戸→真中→西野→東城→北大路→…

相克:西野>北大路>真中>東城>南戸>西野>…

 さて、「相生」ですが、これを真中をスタートにすると

真中→西野→東城→北大路→南戸

 となり、実はこれは各ヒロインの登場順序に合致します。
 こういうと、一部から文句が出るかもしれません。第1話の冒頭の「いちごパンツの少女」が誰か(あからさまに東城ですが)は例外的に置くとしても、東城の方が西野よりも先に出ている事は疑いもない事実だ、と。
 確かに単純な出演順序でいえばそうでしょう。しかし、初登場時の眼鏡東城には真中は引いており、この時点ではヒロインとして認識されていません(少なくとも真中には)。数学ノートの小説を呼んで屋上に呼び出したシーンが事実上の「初登場」といっていいのではないでしょうか。一方、西野つかさはその間に鮮烈な初登場を果たしており、真中の認識下でヒロインとしてカウントされるのは彼女が初めなのです。
 作品として見たときにヒロインの魅力が端的に示されるシーンの順序にこそ、「五行相生」の理論を適用する意義があるのではないでしょうか。土徳の主人公を描くと、次には金徳のヒロインが描かれる必要が生じ、金徳のヒロインを出すと、必然として水徳のヒロインが登場する、という流れです。
 次に、「相克」ですが、こちらは各キャラの力関係とみると、まぁ、あってないような気がしなくもない、ですよね(弱気)。

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